「なぜ私は親鸞会をやめたのか」を読んで
(29)マザー・テレサと神の不在 親鸞会の正しい信心との違い
マザー・テレサと言えば、ノーベル平和賞受賞者であり、インドのコルカタで死に行く貧者の救済に生涯をかけた女性である。
今年で死後10年目を迎えるマザー・テレサについて、以下の事が報道された。
カトリック教会の「聖人」に限りなく近いとされるマザー・テレサ(Mother Teresa)がしたためた私的な手紙が、近日出版される書籍の文中で公表される。この中でマザー・テレサは、自身の信仰の危機、および神の存在への疑念に悩まされていたことが明らかになった
数ある手紙の中の一通は、1979年に親友のMichael Van Der Peet牧師にあてたもので、文中には、「あなたはイエスの愛を受けている。わたしはといえば、むなしさと沈黙にさいなまれている。見ようとしても何も見えず、聞こうとしても何も聞こえない」と書かれている。
(略)
インドのコルカタ(Kolkata)で貧困層のために人生をささげたマザー・テレサは手紙の中で、自身を襲う「闇」や「孤独」、「苦しみ」について記し、神にあてたとされる日付のない手紙では、「わたしの信仰はどこへ消えたのか。心の奥底には何もなく、むなしさと闇しか見あたらない。神よ、このえたいの知れない痛みがどれだけつらいことか」と問いかけている。
マザー・テレサ、神の存在への疑念を手紙に記す AFPBB News
出版される書籍とは、「Mother Teresa: Come Be My Light」である。
これに対して、各国のメディアは「テレサ、信仰の危機」などと、大々的に報じた。(Mother Teresa's Crisis of Faith - TIME)
マザーテレサは、1946年(当時36才)、インドで汽車に乗っていた際、
「最も貧しい人の間で働きなさい。」
という神の啓示を聞いたとされ、以来コルカタで、貧しい人々を助ける活動に一生を費やしている。
そのマザーテレサが、神の不在に悩んでいたという事実は、世界に大きな衝撃を与えているが、キリスト教において、このように神の不在、沈黙に悩むことは、「魂の闇夜」とか、「すさみ」と表現され、とりたてて珍しいことではない。
日夜貧しい人々の為に献身的に活動をしてきたマザーテレサだが、目の前で多くの人の死を看取っていく中に
「なぜ、神は彼らを見捨てるのか」
「なぜ、全能な神は苦しむ子どもたちや、人々を救わないのか」
「どうしてこのように病気、貧困、紛争が絶えないのか」
という疑問が浮かんできたのだろう。
それでも神は現れない。この「すさみ」という出口の見えないトンネルに苦しみ、自ら命を絶った神学者もいる。しかし、マザー・テレサは、こういった疑問を抱えながら、黙々と50年以上も神への奉仕を続けていた。
神の不在を歎き、それでも現れない神に祈ることが、救いになるはずはない。
このマザー・テレサの書簡に対し、キリスト教の人々はどう思っているのだろう。
多くの意見は、「キリスト自身が、十字架に懸けられる際、神の不在と、神から見捨てられたことを歎いた。マザー・テレサは、そのキリストと同じ体験をしているのだから、彼女の信仰が不実なものであったということにはならない」というものだった。ゆれ動く信仰の悲鳴というしかないだろう。
生前のマザー・テレサの言葉に、以下のようなものがある。
「私は祈りなしにただの一日も生きられません。それは私にとって食事や睡眠と同じものです。」
「信仰心とは植物の種のようなものです。放置してはいけません。水、栄養を与えられなければならないのです。」
一見、常に信仰を求めることの大切さを説いた言葉に見えるが、今回明らかになった書簡の内容から読みとけば、マザー・テレサの本心は、常に祈ろう、信じようと、言い聞かせなければ、神への信仰を持ち続けることは出来ないという、苦悩の告白だったのだろう。
信じようとして、信じられないことに苦しみ続けた一生だった。それでも、マザー・テレサは、神を信じ続ける以外の道を知らなかった。
まことのないのが凡夫のまこと。信ずる心も、念ずる心も、祈る心も持ち合わせていない、我々の助かる道は、「そのまま救う」弥陀の本願あるのみである。
親鸞聖人は、この弥陀の本願に疑い晴れた心を正しい信心といわれ、本当の幸福になりたかったら、決して裏切らない、正しい信心を獲得しなさいと教えられている。
正しい信心とは他力の信心。弥陀より賜る仏智によって弥陀の実在に疑い晴れる。
その正しい信心について書かれたのが、「正信偈」なのである。
※親鸞会では、つねにこの正しい信心(他力の信心)が明らかにされます。正信偈について、毎月親鸞会館で詳しく説かれていますので、ご参詣下さい。
記事一覧
1.なぜ親鸞聖人の言葉が、まったくないのだろう
2.親鸞聖人の言葉 その1
3.親鸞聖人の言葉 その2
4.親鸞聖人の言葉 その3
5.信心決定は「ユートピア」?
6.因果の道理が分かっていない
7.ごまかしの人生
8.本願寺には信心獲得(人生の目的)を求める人がいない
9.親鸞聖人の願い
10.蓮如上人の布教精神
11.マインドコントロールだと言う人に
12.いじめ自殺問題に思う-命の尊厳教える親鸞会
13.哲学者、池田晶子さんの急逝を惜しむ
14.後生の一大事について(親鸞会への大きな誤解1)
15.善知識ってどんな人?(親鸞会への大きな誤解2)
16.無条件服従について(親鸞会への大きな誤解3)
17.財施(親鸞会への大きな誤解4)
18.善知識と悪知識(親鸞会への大きな誤解5)
19.これが獲信か−親鸞会を攻撃する人工信心集団
20.こんな人工信心もある 親鸞会で私は目が覚めた